芸術と自然

 
ここからは、芸術を定義する試みを幾つかしてみましょう。辞書的な回答をすると、芸術とは技術を用いて人により作られる「人工物」である、と言えるでしょう。

ただ、芸術、というラベルを貼ってしまえば何でも「芸術」になり得る、という現代の考え方に私は賛同していません。これについてはまた別の機会に。

さて、芸術の対義語は「自然」であると私は思っています。

自然は美しいです。ただ、自然の美しさは表面的で、一旦その表皮を剥がすと、人を殲滅させることのできる程の巨大な力があります。自然は私たちに恵を与えてくれると同時に、長い時間をかけて進歩してきた人類の文明や科学を以てしても支配のできない、恐怖の権化でもあるのです。私はたまに海を見に散歩に出かけますが、一人の日本人としては海を見た時にただ「美しい」と手放しに思うことはできません。同じ海が、かつて形相を変えてたくさんの人々の命を奪ったのだと考えると、その恐怖は人間が抗えない宿命であるように感じ、身がすくみます。

人間は自然の中に規則を見つけ、手懐け、対抗し、生き残るために切磋琢磨してきました。この姿勢が今日の医療や科学の発展に寄与しているわけです。人間に空や海は作れないように、人間は自然の美を作ることができません。人が関与した時点で「人工物」になってしまうので、自然そのものの美しさを作ることはできないのです。ただ、その「人工物」の中で自然の美を模倣したり、対抗したりすることは可能です。

江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」という小説に、以下のような文が出てきます。私の考え方と似ています。
 

『彼の考えによれば、芸術というものは、見方によっては、自然に対する人間の反抗、あるがままに満足せず、それに人間各個の個性を附与したいという欲求の表れにほかならぬでありました。それ故に、例えば、音楽家は、あるがままの風の声、波の音、鳥獣の鳴声などにあき足らずして、彼等自身の音を創造しようと努力し、画家の仕事はモデルを単にあるがままに描きだすのではなくて、それを彼等自身の個性によって変改し美化することにあり、詩人は云うまでもなく、単なる事実の報道者、記録者ではないのであります。』

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